2009-05-10 Sun 20:18
五月の沖縄 10
いよいよ、明日帰還する
あっという間の沖縄、宜野湾マリーナの滞在。
今まで18日間、何をしていたかすぐには思い出せない。
とにかく、ゆっくりとした時間が過ぎていったことは、確かだ。
ヨットマン伝いに、多くの友人ができたことが、一番の収穫だったが、それ以上に[NAMIKOMACHI]の集大成とも言って過言ではない、家族全員が沖縄に集結できたことだ。
これからも、何かにつけて、各家庭で共通の話題を、持ってもらいたいし、又、四家庭でも、いろいろな共通の出来事を、時間を、これからも共有できれば、幸せだと思う。

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ヨット仲間から頂いた、泡盛?祝いの酒だとか・・・・・・。
ありがとうございます、ゆっくり自宅で沖縄を思い出しながら頂戴いたします
感謝、感謝です
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沖縄最後の夜。月夜の夜???に、三線のおさらいです
まだ、(工工四)・・楽譜・・が離せません
来月の来沖までには、なんとかしたいと思っています

帰るとなると、げんきんなものだ。
ふっと、思い出した。
野菜や花への水やりゃ、工事途中にしてきた、倉庫や垣根の工事に、そうそう、ジヤガイモの収穫もあったっけ・・・・
明日からは、マチハウスも、(海)編でなく(陸)編に、移りまーす・・・・・・・
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2009-05-09 Sat 23:55
五月の沖縄 9
土地の人の話では、デイゴの花がたくさん咲くと、台風が多く上陸するということだ・・・。
沖縄に愛艇を持ってきている私としては、大いに気になる話だ・・。
さりげなく聞いていた、島唄にも、
(でいごのはながさき、風を呼び嵐が来た でいごがさきみだれかぜをよびあらしがきた・・・・・くりかえすくぬあわり しまわたるなみぬぐとぅ・・・・・・・・・・・)と、歌っている


そんな、話を聞きつつ、今日はまたレンタカーで北上した。
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観光客は、本部町までは足を向けるが、あまり大宜味村、国頭村にはいかないのか、58号線はがらがら状態で、走りやすい
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宮城島あたりでのスナップ。
今日は、風がなく暑い・・・。30度ある、沖縄名物?のアイスクリーンを口にしながらのドライブ。
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約二時間半走り、ついたところが沖縄最北端の(辺戸岬)
遠くに、ヨロン島がかすんで見える。ヨットであの場所まで六時間。
宜野湾マリーナからここ辺戸岬までも六時間。
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水平線を見ながら、副長とついつい、「よく、来たなぁ・・・・」と・・・・・・・・。
帰路は、気候も暑くなり大変だが、無事に帰還出来ることを祈る・・・・・
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ここにも、あった反戦への誓いか????? 石碑・・・。
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途中、立ち寄った芭蕉布記念館・・観光客用に公開されているものではなく、芭蕉布を継承する人たちの、雇用促進技術継承のための会館のため、仕事の邪魔をしないようにとくぎを刺されての見学だった。

以前から本当の芭蕉布とはどんなものなのかを、見たかったのだが、副長ともども大満足・・・見るだけで十分・・高いものは10,000,000を超えるのだから・・・・。
口だけは、買いますか?と、リップサービス しましたが・・・
バナナの葉っぱと思っていた樹木・・糸芭蕉
この茎の部分2メートルぐらいで作るのだと・・・・・。つなぎ合わす節目は約22,000箇所、延べ18キロの糸を織るという、気の遠くなるような話を聞かせていただきました
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この手の色の建物が多い沖縄。
これ、普通の住宅
面白いことに気がついた・・・。
コンクリート造で、モルタル塗り下地に、吹き付け材が仕上げ材量となっているものが、ほとんどだ。
タイル張りというのは非常に少ない。
で、非常にきれいなのだ。本州の建物と違い、サッシュの両サイドからの(たれ)がない。
聞くと、沖縄の人は、普通だと・・・特に、塗り直しはやらないという。
雨と風の仕業なのだろう、良いクリーニング屋さんが、沖縄にはいるらしい。
そのうえ、温度の差があまりないため(10℃はまず切ることはない)、コンクリートの収縮も少ないのだろう、クラックがほとんどの建物で見ることができない。
これらも、建物をきれいに見せていることでもあると思いますね(デザインは、もうすこし。地元設計士さん、頑張ってもらいたいですが・・・・)
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夜は、ヨット仲間の桟橋バーベキューに参加
楽しいひと時を過ごさせていただきました、ありがとうございました
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2009-05-08 Fri 23:56
五月の沖縄 8
昼から、レンタカーでドライブする
まだ行っていないところの南部の南城市、八重瀬町、糸満市方面へ
北風がまだ続いているため、こちらは風がなく、心地よく感じるほど。気温26度・・・
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途中沖縄JAの販売店に立ち寄ってみた
あまり目にしないものもあり、金額も安いよう
友人のブログでは、料理のレシピやいろいろな料理を紹介しているが、わたしは、何もできないので、材料の提示で・・・・
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・                          巨大大根の横で自身を持ってご披露の御足・・・
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前回、行けなかった(沖縄平和祈念堂)で、車を止める。
前回は、ひめゆりの塔、壕を見学したのだが、資料館の展示の仕方に、へきへきし、ここ平和祈念堂も、この程度だろうと思い、見学を中止した場所だ・・・・。
が、県人の名前が列記されていることが以後、気になっていたため、今回足を止めたのだ・・。
静かに、合掌して石碑から離れる
もう、この場に来ることはないだろう・・・・・

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那覇空港でも見た光景だ・・・・先生様、平和、平和と教育をするのも良いが、その前にすることが、あるでしょうが・・・・と、いいたい恥ずかしい光景だ・・。どうにかならぬものか・・・・・と、思うのは私だけだろうか・・。
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2009-05-07 Thu 19:52
五月の沖縄 7
今日は、マリーナで(なみこまち)の日課手入れで終日過ごす・・・・。

●テンダーを、ディギーに変身さして、GO・・セールアップ
と、思いきや、またまたラダーが壊れた・・・。
一度、ぺラガスマリーナ空路持ち帰り、修理したのにだめだった・・・・
松野さん、どうしましょうかね
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●台風一号は東に行ったものの、今度は二号が発生したらしい。
昨夜のヘンリー艇長のアドバイスを受けて、インナーセールを収納した。
明日はジブセールを収納しよう・・・・。
で、ハルのほうはいつ台風が来ても良いように、(なみこまち)を、クモの巣状態にした・・・。
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でも、これ、無駄だったと思えるように・・・来ないで下さいよ、台風さん・・・。


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2009-05-06 Wed 18:58
五月の沖縄 6
悲惨な沖縄戦の海軍司令壕後に、来た・・・。
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下記は、大田実海軍中将が、自決する前に大本営に向けて電報を打った内容だ(要約)
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kaigunngou.htm

沖縄県民の実情に関しては県知事より報告すべきことであるが、県にはすでに通信能力がなく、第32軍司令部、又通信できないため、本職、県知事の依頼を受けたものではないけれど、現状を見過ごすことができず、知事に代わって緊急御通知申し上げる。
沖縄本島が敵に攻略され始めて、陸海軍は防衛戦に専念せざるを得なく、県民に関してはほとんど顧みるにことができなかった。しかし、本職が知る範囲に於いては、県民は青壮年(せいそうねん=おおよそ16歳から50歳くらい)の全部が防衛のための召集に応募し、残された老幼婦女子は相次ぐ敵の砲爆撃に家屋と財産の全部を失い、わずかに身を以って軍の作戦に差し支えない場所の小防空壕に避難、尚(なお)、砲爆撃下‥‥(判別不能)風雨に曝(さら)さらされながら乏しい生活に甘んじている。
而(しか)も若い婦人は率先して軍に身を捧げ、看護婦や炊事婦のなかには、砲弾運び、挺身斬り込み隊すら申し出るものがある。
また敵が来れば老人子供は殺さ、婦女子は後方に運び去られて毒牙(どくが=悪だくみを含んだむごい手段)にかかるといって、親子生き別れ、娘を軍営(ぐんえい=軍隊の駐屯地。兵営。陣営)の門のところに捨てる親もある。
看護婦に至っては軍移動に際し、衛生兵が出発したため身寄り無い重傷者を助けて‥‥(判別不能)(それは)真面目にして一時の感情に駆(か)られたものとは思われない。
さらに軍に於いて作戦の大転換あるや、自給自足、夜の中に遥(はる)かに遠隔地方の住民地区を指定されたため、輸送手段が無のことから、黙々として雨中を移動している。
これは、要するに陸海軍沖縄に進駐以来、終始一貫勤労奉仕、物資節約を強要せられたにもかかわらず、ただひたすら、日本人としてのご奉公の念を胸に抱いたまま遂に‥‥(判別不能)ことなくして本戦闘の末期と沖縄島は実情形‥‥(判別不能)一木一草焦土と化している。食糧は6月一杯しかもたない状況という。
沖縄県民はこのように戦った。
県民に対し、後世(こうせい=のちの時代)、特別のご配慮をしていただくことを願う。
・・・・・・・と。
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私がこの電文を知ったのは、大学時代だった
時代は、ベトナム戦争の時代、沖縄は給油修理、兵士の休養治療の前線基地となっていた時代だ。
そして、まだ返還されていなかった時代。
学生運動も最盛期の時代。
そのようなとき、この電文を世間に広く知らしめるようなことはどちらかといえばタブー化されていた時代だった。
そのような時代の中、この電文に大きなショックを受けたことを覚えている。
あの大本営での軍人、終結の糸口を見つけられなかった外務省に内務省の役人の狼狽と無能力が多くの、軍人や国民を、死に追いやったことは、周知の事実。
そして、その残党役人、政治家が、戦後、国家を、引っ張ってきたこと。
国民の汗の結晶の結果の国家の繁栄に温存し、いまも諸般の難関にぶつかったとき、いまだに狼狽し、効率的な還元を国民に見いだせていない、そんな思いがあるだけに、今日の見学は、感無量の思いがありました
009 (2)
この壕は、ひめゆりの塔 と違い政治的にも翻弄され長く公開されることはなかったという。
外務省は、米国に気をつかい、サミットを沖縄への誘致は絶対に難しいとしていたことを、当時の、小渕総理が、強引に、逆に政治的に動かし、沖縄サミット を開催した経緯の中で公開されることになったという
014 (2)
大田実海軍中将、その他将校が手りゅう弾、拳銃等で自決した場所には、その破片のあとが見られ、その壮絶さを・・・・・・・合掌
021 (2)
なぜ、ここにこのようなものがと・・・・・・
壕が狭いため、兵士が立って休養を取ったといわれている狭いスペースに、お賽銭が投げられていた
ドル、ウオン、元、当然、円もだ・・・
外国の観光客が、いろいろな思いの中で、お賽銭と、言っていいのか分からないが、彼らの気持ちを置いていったのだと思われる・・・合掌。
025 (2)
一時間ほどの見学だったが、私たちと同じように、この壕から出た時、同じように、この壕から新しい空気を吸いに出た兵士はことごとく、一斉射撃されたこと・・そう思うと戦争の悲しさを痛切に感じました。
が、彼らの行動を思うとき、壕の中でもアナウンスで、平和、平和と連呼していることにも、同調できない気持もありました。
国家体系を維持するためには、どうしなければならないか、考えなければと・・・・。
今日のように、平和、平和と念仏を唱えるように、受動態で専守防衛でいれば、国体の安泰を確保できるのだろうかと・・・・。
騒がしくなった近隣の国体を思うと、これから一番考えなければならないことであり、それこそが、ここ沖縄に限らず、本土や異国の地で散っていった先人の死に、報いるわれわれの仕事ではないかと、思わざるを得なかった
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我々が、ここ沖縄に来て、よくタクシーを利用する。
レンタカーを、使えば経費は安いのだが、それでは地元の人の本音がわからないから、タクシーを利用することが多いのだ。
種子島、屋久島、奄美大島、沖永良部、そして、ここ沖縄での滞在
島の人の、琴線の壺が判ってきたからなのだ・・・。

大きなもの(広い意味での)・・に、迎合していれば、とりあえず身の安全は担保された生活・・・
凝縮された、閉ざされた風土の中で、絶対に、周囲を意識して、自分の意見考えは言わない・・・
先に、相手がどのような考えをしているかを、確認してからでないと、また言わない。

狭い、タクシーの中での会話で、我々がヤマトンチューだとは、すぐわかる。
政治問題、軍事問題、大東亜戦争、沖縄戦に基地問題に話をむけると、当初は戸惑うのだが、お互い探り合い、ジャブを打ち合う会話の中から、本音を吐き出してくれる
10人に9人は、多少の差こそあれ、私と同じ考えなのだ。
この驚きは、今回の沖縄航海の収穫の一つでもあったと思う。
メディアの報道とは、まったく違うのだ・・・・・
今日、乗せていただいたタクシーの運転手さんの言葉が、耳に残っている

「お客さん、色々とありましたよ、戦争では・・。でもね、あの戦争で悲惨な生活辛い思い、崩れた生活、これは沖縄県民だけではなかったですからね、日本中が、米国と戦ったのですから、日本中が戦時中戦後と辛い思いをしたのですから・・・・・・東京空襲では沖縄戦の数倍でしょう一般市民が死んだのは・・・・・・」と。

とかく、沖縄県民が日本国と遊離していっていると思っていただけに、ほっとした一瞬でした。
沖縄の人の10人に9人がそう思ってくれ ていることを願いたいものだ・・・・・・。
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最後に、今日の興奮(倍増されたかな?)に付き合っていただいた、
ヘンリー浅野艇長 http://www14.ocn.ne.jp/~henly/ に、感謝です・・。
遅くまでありがとうございました。




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2009-05-05 Tue 15:15
五月の沖縄 5
こどもの日、ここ沖縄でもいたるところで、行事ごとが多い。
家庭、家族のきずなが強い沖縄、納得だ。
我が家は、子供たち全員家庭を持ち、独立。
ではではと、孫の健康と成長を祈って、マストにこいのぼりをあげた。
そろそろ、子供たち夫婦、孫、機上のひとだ。
沖縄、来沖ご苦労様でした。
楽しかったですよ・・が、もう一日あれば良かったかな??・
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昨日のセーリングの途中のこと。
行きの駄賃と、(けんけん)を流してのセーリング。
慶良間島に到着手前、息子が、「オヤジ、糸の先に何もないよ」と、・・・・。
大物が掛かっていたのだ・・。
マグロがシーラーか、それとも大型のカツオか?????
妄想中・・・・逃がした獲物は何でも大きいですね
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戦の後始末を、昼から・・・。
帰路は吹かれて、波をかぶった[なみこまち]
昨日使ったウエットスーツといっしょにデッキの水洗いだ。
しかし、昨日は反省する人物が多数・・いた
入らないのだ、スーツに・・・。
ダイエットが必要な人、何人いたっけ。
脱げないのだスーツが・・・。
帰ったら、みんなでダイエットしましょう
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無事、高松空港に着陸と報告の電話が入ったころ、那覇新港にいた
噂に聞いていた、(ハーリー)を見るためだ
三隻で、一隻40人ほど乗船しての競技だ
なかなか、迫力のあるものだったが、大勢の人の頭の隙間からハーリーを見る始末で、ちょっと残念でした。
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驚いたのは、祭りに出店している露店の多いこと、多いこと・・・。
また、手伝っている女の子の濃い顔立ちの子が多いこと・・・。
ちらっと、撮った数枚、ご覧あれ・・・なるほどと、沖縄にいることを実感。
副長には笑われましたがね・・・
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久しぶりに、この手の祭りに足を向けたのは何十年振りだろうか。
活気のある祭りに同化、ちょっと遊んでみました。4/5と風船を真横に割りました。
この手のものは、弓道やっているので人よりは集中力に自信があるのです
お店のお兄さんから、「おっ、凄い」と・・。
見ていた、お客さんからも、やんやの拍手・・・ちよっと、気を良くした一瞬でした
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海水につけてしまった携帯の au 修理に出したものの電源が入らないので、メモリーが無事かどうかは分からないという
とりあえず、代わりの物をお借りして、香川のほうで修理したものをいただくことに。だめの場合は、いまお借りしたものと、交換で新しいものを購入す出来るように手配していただいた。
auのネットワークに驚くと共に、サービス精神に感動しました
と、言うわけで、
私のほうから、今どなたにも電話をかけることができません・・・
皆さんからの電話をお待ちするだけになりました。
よろしくお願いいたします

仕事関係の電話番号も全部メモリーがだめの場合は没・・・・(バックアップしていなかったのです)。
もう、仕事するするなぁーってことかと思いながら、困ったことに・・・。
(人間万事塞翁が馬)
ちよっと、沖縄で遊びすぎたかな???





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2009-05-05 Tue 11:09
五月の沖縄 4
今日は、宜野湾マリーナの西にある慶良間の渡嘉敷島へ行く。
約25マイルある
高松、マリーナペラガスから、仁尾マリーナに行く距離か・・・所要時間は3.5時間というところか。
途中、荒天も予想される天候でもあるので、次女のところは、車で島内観光をすることに・・・。
那覇空港から離着陸する機体をポートに見ながら、スターボードのリーの15ノットの風に乗り、ルンルンとセーリング。
11:00にはアンカーレッコして、昼食に・・・。ここでの滞在時間は3時間程度。
ビィジィーなクルージングだ・・・本来は一泊コース・・・・・
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アンカーを下したところは、7mの水深のところだが、きれいな海底が見える
壊れた水中カメラ、ここでたくさん撮影していたのだが、ちょっとのミスで途中から使用不能になった
帰って修理できることを祈るのみ・・・・・
が、ここでも大失敗というか、ハプニングというか、携帯電話を持ったまま飛び込んだのだ
後は、お察しの通り・・・。
バックアップもしていないということで、子供たちからもブーイング・・・・。
よくわからない単語を連発されて、時代についていけてないというか、歳をまたまた感じました。
初代の(NAMIKOMACHI)を、購入した時は、親父の若さと、権限ですべて会話はスムーズだったのだが、あれから26年、いまや状態は逆転状態だ。
子どもたち夫婦の会話の中に入っているというか、ついていっていることを、実感です。
彼らの成長を感じます・・・。
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透きとおる海面、綺麗でした
たくさん撮った水中カメラの写真、もしデーターがセーフだったら、ここに載せます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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18:00前、二女夫婦がスタンバイしているマリーナに入港。
全員で、記念撮影
26年前、子育ての教育や家庭の核になるように、そして皆が共通の話題を持てるようにと、購入した(NAMIKOMACHI) 今日の記念撮影で、役目は終わったようですね。
そろそろ、軟着陸する場所を探す時期が来たようです。
これは、うれしい、記念撮影の一枚です
(実際は100枚ほど、交替で、家族単位でも多く撮りましたが・・・)
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・・夜は、繰出して、ステーキハウスへ・・。
左の、サークルの中で孫、一人寝ております、なかなか気配りの良いお店・・碧・・でした。
明日、帰る、子どもたち夫婦と沖縄の印象や、観光したところの話を聞きながら、楽しいひと時を過ごしました。
やはり、ここでも聞き役に徹した、お爺さんお婆さんでしたが、(レジの前)だけは、主役になれました・・・
楽しい、連休を家族全員、沖縄ですごせたこと、大満足。
そして感謝感謝です・・・。
な・み・こ・ま・ち、万歳、万歳・・・・。



別窓 | 航海日誌 |
2009-05-04 Mon 23:15
五月の沖縄 3
来沖した、子供たち
レンタカーで沖縄観光している間に、宜野湾マリーナに遊びに来る
三家族は、別行動で好きな所に行ったらしく、ただ集合時間は決めていたようだ
で、集まったあとは男たちと、奥様は別々に食事
我々は、食事のあとの一杯が付いているからだ・・・
奥様達は那覇で食事
我々は四人で居酒屋へ・・・・・・・。
そこで、ハプニングあり
RKYCヨットクラブの新谷会長から電話あり。
学会のセミナー?で沖縄に来ているといわれる
じゃあ、われわれと・・と、合流することに・・。
で、われわれの二次会の予定場所へ・・茶々へ
で・・・・ばぁーーと・・・・
以下、私の文才では表現できません
で、撮った写真を添付と思ったのだが、またまた、ハプニングあり
カメラを海水につけてしまったのだ・・・。
で、添付できず・・・惜しかったぁぁぁぁ・・良かったかなぁ????
しかし、沖縄クルージング<
多くの、出会いと再会、最高ですね・・・・

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2009-05-03 Sun 19:14
五月の沖縄 2
マリーナ湾内でハーリーの練習をしている
少々風があったためか、風下にすぐ流される
結構、難しいようだ
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今日は、息子、娘夫婦が来沖するので、散髪と、言うことではないが・・・・・。
こりゃあ、どう見たって捕虜の散髪ってみえます
べネトウのボートのオーナーから冷かされながら、ひげそり用のパリカンなので、3倍ほどの時間がかかりました。
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食事に行く前に桟橋にきた孫たちを迎えたのは、ハリセンボン・25~30㎝ぐらいあっただろうか・。
私たちも実物は初めて見ましたが、可愛さと怖さと何とも言えない珍しい魚って印象ですね
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こちらの人に聞くと、浜値一匹3,000円ぐらいするとか、明日からせっせと捕獲しましょうか
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家族と別れた後、久しぶりに(茶々)
電話をして、藤間氏に先般のお礼を言って・・・
と、・・・・藤間氏は、結婚式(沖縄では招待者は300~400人が普通とか・・感覚が違います)の帰りに立ち寄られ、こちらでも、大宴会に・・・。
終わったのは、なんと日にちが変わって04:00
まだ、皆さんはやっていました。
凄いパワーです。
で、帰りのタクシーの運転手に話を、聴くと、「そんなもんですよ・・・、私も4~5時ぐらいまでは、飲むサァー」と。
参りました・・・・・・
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(茶々)で、珍しいものを、見ました。
この帳面、頼母子講 のような沖縄版
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%A1%E5%90%88
毎月、一万を仲の良い友達同士で貯金しているのだそうです。で、これで飲んだり、旅行をしたり、またたまったお金を、金利なしで貸し借りしているのだとか。
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この帳面、皆さんの持ち歌をメモしたノートです。あの分厚いカラオケの本は頭っから見ないのです。
お店に置いてある、この個人のノートを見ながら、何番って、言うのです、
合理的というか、新しい曲は歌わないというムードですね
面白いです・・・・
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別窓 | 航海日誌 |
2009-05-01 Fri 16:54
五月の沖縄 1

今日も、風が強い。
25ノットはある。
湾内のことだから、外に出ると30ノットはあるだろう。
天気予報では波高は3メートルから4メートルとか・・・・。
宜野湾マリーナのヨットマンに、(嵐を呼ぶ男)って、言われだした
裕次郎のようにカツコ良くないのに・・・・・・・・イヤミかぁ
そうなんだ・・・私が来るといつも風が強く吹くって・・・・・。
三月の時も四月もだ・・ずんやりと吹いた。
さぁ、今月はどうだろうか・・・・・・
そろそろ、裕次郎も辞退したいね・・・・ね。
別窓 | 航海日誌 |
| MACHIHOUSE 海 |